la vidaオーナーについて


僕は現在、会社員をしながら副業でタイのクロコダイル、ガルーシャの革製品の輸入をしています。



25歳です。


そんな僕の生い立ちについて書きたいと思います。





僕は広島の瀬戸内海の浮かぶ因島で生まれ育ち、大学進学を機に京都で一人暮らしを

始めました。


そんな僕は人生で一番辛い経験をしました。それは大学4年生の時のでした。


僕は同志社大学に通う普通の大学生でした。


就活が始まり、私はテレビ局を目指しました。


2月からキー局、関西の準キー局、地元広島のテレビ局などを受験しました。


僕は人見知りであり、初めてお会いする方にすぐ緊張する性格です。


そんな僕ですが何度か面接を受けるうちに緊張することも少なくなりました。


おかげで最終面接に何度か呼ばれるようになりました。


しかし、社長や重役が前に座っていると考えると緊張でうまくしゃべれませんでした。


結果は全て不採用。


面接後の帰りの新幹線でどれだけ泣いたことか。




「これから俺はどう生きていくのだろうか」


寝る前にはこんな事ばかり考え、寝られない日々が続きました。


日中は突然、不安が押し寄せて布団に顔を埋め、叫ぶこともありました。


そんな日々が続き、5月の後半にはあまりのストレスで左耳が突発性難聴で聞こえる音全てが電子音に聞こえ、



聴力が30代後半の聴力まで下がり、今もそのままです。





そんなどん底な時、僕を救ってくれたのは「人生で唯一憧れた人」でした。


その人物は「島田紳助」さんです。


賛否両論あるのは承知ですが、僕は紳助さんを小学生の頃に知り、今も毎日動画を見ているくらい憧れの存在です。


紳助さんが関西に住んでいるとの事で明治大学を受験せず、同志社大学を受験したほどです。


僕は紳助さんの「笑いの中に教訓がある」トークが大好きで、



小学生の頃から紳助さんの番組をテレビにかじりつく勢いで見ていました。


中学生の時、突如引退されるまではこの人と一緒に仕事をすることを夢見ながら日々を過ごしていました。


今ではなかなか実現できなさそうな夢になりつつありますが。


治療中でしたが、僕は憧れの方に「せっかく関西いるんだし、紳助さんに手紙を出してみよう」と思いました。


昔からの憧れであること、今の状況などを無我夢中で手紙に書きました。


夢中になりすぎて何を書いたかは覚えていないです、、、


何を書いたかというよりは今の自分を伝えたかったのかもしれません。


すぐに手紙を封筒に入れ、家を飛び出だしました。


関西では紳助さんの実家は有名ですぐに場所がわかりました。


右手に封筒と返信用封筒を握りしめ、実家の前に行くと緊張でなかなか手紙を郵便受けに入れられませんでした。


周囲の目を気にしながら家の近くをずっとうろついてしまいました。


「ここまで来たのに手紙を出さずに帰るのはバカだ」



と思い、勇気を振り絞り、何とか手紙を出し、逃げるように去っていきました。


帰宅してからも心臓はバクバク。


そんな私はどこか達成感がありました。


紳助さんに僕の存在を知ってもらえるのではないか。


小さな期待感も。


そんな小さな達成感を得た僕は翌日からは就職活動を再開し、



自分のやりたいこととはかけ離れた仕事でしたが、何社からか内定を頂くことができました。


「これで卒業してからも何とかなるけどこれでいいのか」


そんな思いで大学生活を過ごしていました。




そんなある日。


手紙を出してから3か月後の9月。


一人暮らしのマンションに帰って郵便を見てみると見覚えのある封筒が1つ。


そうです。


紳助さんからの手紙が返ってきていたのです。


「この手紙、絶対誰にも奪われたくない」



と思い、走るように部屋に帰ったのを覚えています。


手の震えが止まらず、封筒を開けるのに5分ぐらいかかりました。


開けると手書きの便箋がありました。


涙が止まりませんでした。


人生で一番憧れた人からの手紙。


しかも直筆。




今でも信じられないです。


そこには紳助さんの近況や僕の若さへの羨ましい思い、僕へのアドバイスが書かれていました。


その中の言葉


「うまくいかないことを環境のせいにしない。反省が進歩、不安が進歩をあたええてくれます。でも不安が50%以上になるな。



理想は70%の自信が勇気をくれて30%の不安が努力をくれる」


に僕は感動しました。


テレビに出ているときからこの言葉を使っていましたが、現役を引退されてからもこの言葉を使われているとは。


この言葉は私の座右の銘です。


大学を卒業してからは化学メーカーで働いているので危険物や電気、エネルギーの資格を取らなければなりません。


入社1年が過ぎ、仕事を覚え、残業が増えてきました。


そんな中、第3種電気主任技術者という資格の取得の勉強を始めました。


第3種電気主任技術者とは電気設備の保守・監督を行うための資格で3年で合格率8%という結構難易度の高い資格です。


試験は半年後の10月です。


私は残業の有無に関わらず、毎日1時間以上は勉強をし続けました。


そして試験1か月半前に過去問を解いてみようと思い、昨年度のものを解いてみました。


結果は合格点の半分の点数を叩き出しました。


難易度の高い資格なだけあってそう簡単には合格点に届かないとは思っていましたが、ここまで悪いとは、、、


私の心は


「残業多いし無理だな」

「もう諦めた方が楽なんじゃないか」


そんな時に紳助さんの言葉


「うまくいかないことを環境のせいにしない」


が僕を奮い立たせました。


「俺はなにが何でも1年で合格する」


それからは睡眠時間を削りながら、1か月半で過去問10年分、予想問題5回分を解きました。


その結果、何とか1年で合格することができました。(合格点ギリギリの科目あり)


この経験は自分の中でとても大きな達成感が得られ、


「何かやり遂げるにはマインドが大事」


であることに気づきました。


今、僕は大学の卒業旅行で行ったタイのクロコダイルの財布に魅了され、



その魅力を日本に届けたいと思い、タイからの輸入を始めました。


僕は


「日本で売られているクロコダイル製品はブランドのものが多く、価格が高い」

「見た目がクロコダイルでも偽物がある」


と感じます。


「ブランドじゃなくても大丈夫、本物は手に入る」


そんな思いで私はオンラインショップをオープンをしました。


なかなか周知してもらえず、まだ売上げはありません。


これ以外にも様々な壁にぶち当たっています。


期待も大きいですが、不安も大きいです。


そんな時こそ


「自信70%、不安30%、うまくいかないことを環境のせいにしない」


このマインドで私は必ず壁を乗り越えます。


「日本の本物を求める多くの方に本物を届けます」


「壁があっても諦めなければ越えられ、想いを実現できる」事を証明してみせます。


そんな私から元気をもらってぶち当たった壁に果敢にトライする人が増えればと思います。